キリスト�ヘ以降はオカルト硏究都市になりさがつたのは事實だよ。

・紀元391年のセラペウムの破壊 313年、ローマ帝国でキリスト教が認められ、
さらに国教とされ、それ以外の宗教が異教として禁止されたことで、事情は一変した。
テオドシウス帝がキリスト教を国教とした392年の前年に、ローマ帝国はアレクサ
ンドリアの守護神セラペウムを破壊した。このとき、セラペウムの図書館も閉鎖され
た。そのため、ムセイオンの研究活動も自由を失い、次第に衰退した。つまり、オリ
エント的な多神教に寛容であった時代まではムセイオンは活動できたが、キリスト教
の一神教が人間精神を支配するようになって、ムセイオンの活動は衰退したのである。
アレクサンドリアはキリスト教の五本山の一つとして神学研究の中心地となった。
https://www.y-history.net/appendix/wh0102-153.html