人間は、「未だ来たらず」未来へ「向けて」自分を「投げ出す」という意味で、プロジェクト(企画)を生きている。それが自由ということの内実だ。
しかし、その未来には、確率的に予測可能なリスク(危険)だけでなく、そうした予測の不可能なデインジャー(危機)が待ち構えている。
したがって人も人々も、おのれの「前面」を「覆う」のでなければ、つまり自己へのプロテクション(保護)がなければ、自由の企画はかならず挫折する。
「自由と保護」の二元空間でしか生きられぬと知る者は、けっして自由「主義」や保護「主義」といったイデオロギーを振り回すようなことはしない。