>>608
ヤルタ密約では、アメリカとソ連は、カイロ会談で出てきた
台湾の支那(国民党政権)への割譲を確認した。
朝鮮半島は当面の間は連合国の信託統治とすることとした。

しかし、米ソの対立が深まり、その代理戦争として朝鮮戦争が勃発し、
朝鮮半島は今日に至るまで分断されている。
更に、連合国自らが領土拡張の意図を否定した「カイロ宣言」なるものと矛盾することも批判を招いている。

この会談以後の戦後体制をしばしばヤルタ体制と呼ぶ

>アメリカイギリスが引き起こした
>日本人虐殺・強姦・拷問、強奪

『終戦〜日本人 引き揚げの悲劇』(正統史観

1945年8月9日、ソ連は日ソ中立不可侵条約に違反し、
満州や北方領土などに攻め込み、日本侵略を開始した。

ソ連は日本から日米の終戦交渉を依頼されていたにもかかわらず、
日ソ中立不可侵条約を一方的に破棄し、
原爆ホロコースト後の日本に対し、宣戦を布告したのだ。

そして、ソ連軍は、その頃手薄になっていた満州や樺太に上陸し、
略奪・強姦・殺戮など悪逆・暴虐の限りを尽くした。

さらに、ソ連は、100万人以上の日本人を拉致し、シベリアに強制連行し、
強制労働をさせた所謂『シベリア抑留』で50万人以上を大虐殺した。

原爆の日は学校やマスコミで毎年大きく取り上げるが、
「ソ連による侵略の日」は殆ど無視されている。

満州残留孤児も、北方領土問題も、
「8・9ソ連侵攻」から始まっていることを日本人は忘れてはならない。