倉澤清忠陸軍少佐:
菅原道大の部下で第六航空軍の参謀。特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員を「卑怯者!」と殴り倒し、振武寮という宿舎に軟禁して毎日毎日「「死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」のののしりまくり殴りまくった。余りの悔しさに自殺したものもいます。倉澤は終戦時28歳。自分で飛行機に乗って特攻をかければよかった。戦後は元特攻隊員が復讐にくる、と恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝たそうです。