奇跡の村”はなぜ助かった? 元村長が残した堤防を巡る物語

 東日本大震災で津波による大きな被害を受けた三陸沿岸。そんな中で、死者数ゼロという “奇跡の村”があった。
「一部の村民からも、“浜のことばかり面倒見ているからワカメ村長だ”なんて批判も受けていました
でも昭和8年の三陸大津波を経験している和村村長には、“村を壊滅させた明治、昭和の大津波の高さを考えると、
10メートルでは次も根こそぎやられてしまう”という強い危機感があった。だから反対する村会議員、県などに
足しげく通っては説得を続け、結果、村議会ではほぼ満場一致で防潮堤や水門の建設が決まりました。その当時の判断が、今回の大津波で多くの命を救ったわけです」
「村民のためと確信を持って始めた仕事は、反対があっても説得してやり遂げてください。最後には理解してもらえる。これが私の置き土産の言葉です」